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■ 76)やはり“楊柳観音”でした。これぞ!“ザ・観音” : 観音中の観音“巨勢金剛(こせのかなおか)筆?”】:【箱書きには“巨勢金剛”とあります。しかしいまだ“金岡”の画は確認されていないとされます。】&『仏画素人迷鑑賞』=2013. 6. 4

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伝説の絵師・画聖【“巨勢金剛(こせのかなおか)”】


        【 これぞ!“ザ・観音” 】


  ・・‥‥…━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━…‥‥・・
【 当山の〓仏画・小仏像・絵画・什物等〓は、全て境内外(寺外)に保管、保存しております。】
〓巨勢金岡〓
・平安前期の画家。巨勢派の開祖。姓は紀。中納言野足の子。もと難波氏、初釆女正に任じられ、清和・陽成・光孝・宇多及び醍醐の王朝に仕えて官大納言に至る。仏像画を多く描いた。晩年は剃髪して仁和寺に閑居した。延喜年間歿したと伝えられる。

・唐絵(からえ)を描く一方、和様の風景画・風俗画を制作。その画風は「新様」とよばれ、大和絵成立にかかわった最初の画家とされるが、作品は現存しないとされるのが一般的な見解です。。生没年未詳。

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これ以上巻き擦れ、巻き切れが出ないように、
*1.太巻き軸に補修するのと、画の修復に出していたのが完成したので、ここにアップします。
*1.〓【*1.巻き傷み・絵の顔料が折れるのを防ぐために使用する軸の修復。 中に太い芯棒を入れて、この芯棒に掛軸を巻きつけます。通常の巻き方だと、絵の具の顔料が折れるなどの恐れがある場合に使用し、 通常の掛軸箱よりサイズの大きい「太巻軸箱」とあわせて作られます。そのような軸箱を作った後、今までの軸箱は、そのまま別に、大切に保存することになります。芯棒の材は軽い桐材 】〓
〓 72)・71)はその*1.太巻きにした状態(他の掛軸)〓

掲示板;82);76);70);69);68)には、“巨勢金剛筆?”“㋑.楊柳観音”のことを載せています。
㋑.≪楊柳観音の「楊」はカワヤナギのこと,「柳」はシダレヤナギ・ 柳。 …柳は水に縁があるので雨乞いにも用いられたり、観音菩薩は柳の枝で浄瓶(じようびよう)の水をまき雨を降らせるので〈楊柳観音〉の称がある。また民間の雨乞習俗でも,百姓が柳の輪を頭にいただいて、水源に水を取りにいくことが行われた。
別名を薬王観音といい衆生の除病を本誓とする観音。揚柳の枝で悪病を祓い清める力があるという信仰は、唐代漢訳の『陀羅尼集経(だらにじつきょう)』等に見られるようです。≫

観音様は国内で一番親しまれている仏様です。観音様の中には以下あげる33種あります。
観音とは「音を観る」と書きます。
悩める衆生の声=音を観じて救いの手をさしのべられることからきています。

観音様は33観音がおられます。
三十三観音の名称には、以下があります。
(1)楊柳(ようりゅう)(2)龍頭(りゅうず)(3)持経(じきょう)(4)円光(えんこう)(5)遊戯(ゆげ)(6)白衣(びゃくえ)(7)蓮臥(れんが)(8)滝見(たきみ)(9)施薬(せやく)(10)魚籃(ぎょらん)(11)徳王(とくおう)(12)水月(すいげ)(13)一葉(いちよう)(14)青頚(しょうけい)(15)威徳(いとく)(16)延命(えんめい)(17)衆宝(しゅうほう)(18)岩戸(いわと)(19)能静(のうじょう)(20)阿耨(あのく)(21)阿摩提(あまだい)(22)葉衣(ようえ)(23)瑠璃(るり)(24)多羅尊(たらそん)(25)蛤蜊(こうり、はまぐり)(26)六時(ろくじ)(27)普悲(ふひ)(28)馬郎婦(めろうふ)(29)合掌(がっしょう)(30)一如(いちにょ)(31)不二(ふに)(32)持蓮(じれん)(33)灑水(しゃすい)

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【修復後によく見えだしてきたもの。新たに気付くようになったこと。】
そのことを、
写真ではよく判別することができないので説明します。

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修復された原画をよく見て、以下の事に気付いたり、調べたくなりました。(@〜K)重複するとこらがあります。

@この観音画を、
㋺.納めてあった箱書きに、“巨勢金岡筆 楊柳観音”とあるので、真筆の“巨勢金岡筆”かどうかは別にして、“楊柳観音”も疑問だったので永く悩んでいました。
㋺.その箱は、掲示板:69)ここの項目の上下・:「巨勢金剛筆?:楊柳観音?画(軸)」の納めてあった漆の箱。そこに写真をアップしています。
箱書きと一致したのは、先ず観音軸が入っていたことは直ぐ判りました。それから観音は観音でも、確実に“楊柳観音”と判って箱書きと一致したのは、修復後、円光背の右内側の崖肌も透けて見え、その崖肌から枝垂れた柳の木が見えだしてからです。やはり“楊柳観音”でした。あとは“巨勢金岡筆”が一致するかどうかです。
・最初知識がなかったので、柳の枝を敷いて結跏趺坐しておられるのかと思いましたが、一般的な草座でした。“楊柳観音”の象徴である柳の枝を、観音自身が敷いて座すことは無いですよね!

A金箔の円光背の右内側には、崖肌に枝垂れた柳のような画が描かれていて、薄く透けて見えるようになりました。故に、この観音は箱書きのように“楊柳観音”に間違いありません。これで頭を悩ましていたものが一つ解けました。
やっと箱書きの“楊柳観音”と一致しました。
・でも“巨勢金剛筆”かは、あくまでも疑問?????その事には全く変わりありません。現存する確実な巨勢金岡の遺品は、今のところ一切現存・発見されていないいないとされています。

・“金剛筆”の実作品は、今のところ確認されていないと云うのが定説のようです。

・伝説の絵師・生没年未詳と云われるので、“金岡”じたいの人物が、幻で存在しないのかも知れません。
岡山の旧西大寺市に「金岡の*㋑.墓・筆洗いの井戸と屋敷跡」というのが伝わっています。「金岡」に因む伝説は各地にあり、その墳墓も摂津・河内等にもあるようです。当に伝説の絵師です。
*㋑.「かのう様」と言って毎年5月16日を縁日として信仰されていて、「金岡」姓が旧西大寺市(岡山県)にはあるようです。

・サーチ【search】してみると、平安初期に活躍した巨勢金岡(かなおか)を始祖とする画家の家系は、興福寺大乗院の《尋尊大僧正記》文明4年(1472)の条には金岡以下の系図が載せられていて、初期の画家に関しては,断片的な記録や逸話が伝えられているにすぎないとされています。中国的主題による唐風の絵画を日本化するさきがけとなった金岡は,また文人貴族と交わり,画家として名声を高める。その後継者には巨勢相覧(おうみ)がおり、9世紀から10世紀にかけて活躍し,901年(延喜1)絵所の絵師に任ぜられた。…

・“金岡筆”と確認する方法はないと思いますが、絹地・表装裂・絵具の年代を調べてみたくなりました。一度赤外線撮影してみたくなりました。

B修復に出す時、作者や年号の手掛かりがないか念を押しましたが、気を付けていたけど、何も記されていないということでした。仏画には昔から年号も、落款も入れないのが習わしなので、書き込まれていないのだと思います。近年は落款を「○○謹写・○○謹画」と入れる画家もいるようようですが…。

C衣・<衣体(えたい)>は、全体に小さな飛雲が緻密に描かれ、その中に数羽の小さな鳳凰が、超細密で金泥模様になっています。頭には*2.帽子。(ベール≒帽子)の縁は、小さい唐草の超細密な金泥模様。

D頭髪はルーペを覗いて見て描いたように、超緻密に一本一本、淡い墨色地に金泥で描かれています。その描き方は人間のなせる業とは想えません。驚異的です。ルーペで見てから驚きました。よく見て気づいたことは、淡い墨色地に髪一本一本を金泥で描くと、よりふくよかに自然な髪のふくらみが表わされているということです。驚きです!!。

E向かって右側(観音の左肘)の磐座に描かれている香炉のようなものは、全く意外にも香炉ではなくて、深めの薄いギヤマン(瑠璃)器状の中に、均整のとれた辰砂(しんしゃ)?の壺を透かして描いています。それが一見香炉状に観えます。

Fこの壺は水瓶(すいびょう)?だと思います…。観音には水瓶が備品だからです。深めのガラス容器の中から透けた壺を描いています。だから一見香炉のように見えるのだと思います。透明なガラス状のものを壺の受け皿?にしていて、座右にガラスの*3.承盤を伴った水瓶であることに間違いありません。

以前から承盤という言葉を知っていたので、改めて【*3.承盤(しょうばん)】について詳しく調べました。

*3.≪しょうばん :器物の下を承(う)け、また支える受け皿状の浅い盤。特に*4.博山炉の台座。≫
*4.≪はくさんろ 【博山炉】
中国で、漢代に多く作られた香炉。銅製や陶器。海を表す皿の上に,透かしのある博山をかたどった蓋(ふた)付きの炉が浮いたように配されるのが基本形。≫*5.焚香(ふんこう)の時に皿に湯を入れる。仏具にも取り入れられ,中国では六朝時代から唐代にかけて,日本では奈良時代に使われたようです。 だからこの仏画のように、観音の傍らに描く様式が古くからあったいたということは、あり得たことだと想われます。だから平安時代の『金剛』が取り入れ、描きこんだとしても可笑しくありません???。これは勝手な思い付きです。
*.5.≪焚香は「焼香(しょうこう)」と同じ。《字源》「林+火」。林野に火を放つ形。[音]フン・[訓]やく・たく。
仏教において、香を焚くこと。焚香料(ふんこうりょう)という言葉もあります。≫

G蓋付きの辰砂のような壺の肩には、ルーペで見て描かなくてはならないほど、金泥で小さく超緻密に渦巻く飛雲・流雲の二段模様(飛雲は幅広・流雲は小幅模様。)を、驚くほど細密に、的確に描き込んでいます。壺の頸にも金泥で超緻密な流雲模様。高台にも金泥で超緻密に渦巻く飛雲を、ルーペで見て描いているうように描き込んでいます。

H渓流ののさざ波、流水・二段滝の飛沫も超細密に描き込まれています。

I透明なガラス状のものの中に、それを受け皿にしてその中に蓋付きの壺を描くと、一寸目には、一般的な香炉のように見えます。

J以前、メールで「香炉が描かれているので、瑠璃観音ではないでしようか?」と、*6.ご指摘がありましたが、修復なった原画をよく見れば、いわゆる漢代の*5.焚香(ふんこう)に似た陶器製の水瓶か、或は【香壺(こうご)=香を入れておく壺】なのかと思います・現在よくある香炉とは全く違います。

*6.のことは69)ここの項目の上下・:「巨勢金剛筆?:楊柳観音?画(軸)」の納めてあった漆の箱。しかし楊柳観音ではない?のでは…!疑問がわいています。に載せています。

K最初からてっきり香炉と思っていたので、壺に透明なガラスの受け皿をしていることに驚きました。これは初めて見る珍しい描き方です。

 ・・‥‥…━━━━━━━: 仏画素人迷鑑賞 :━━━━━━━━…‥‥・・

         〓この仏画の鑑賞にはルーペが必要です〓

重複するとこらがあります。

・観音中の観音!!“ザ・観音”です。

・画全体が超々細密画で絹本。

・ルーペで観察するほど超々細密画です。

・金岡筆か、否かは別にして、一見の価値があるものだとおもいます!?

・完全に整った麗しき観音。何とも美しく魅力的で、優雅でとても魅力的です。惹きつけられるようなオーラを感じます。耳朶がふくよかで、精神的に豊かで気高く、みる人に感銘を与えるような心あたたまる美しさです。

・このお軸を拝むと観音の愛や優しさを感じます。

・観音像だけをトリミングした画像を、
68)平安初期の伝説の画家:「巨勢金剛」の名前が読めますか…?これが「金剛筆?」の仏画と云われる“楊柳観音?”その2..にUPしています。

・金泥の数羽の鳳凰模様の白衣をゆったり着けて、磐座の草座の上に、静座しているこの「楊柳観音」は、全体的に包容力のある優しさです。
悩ましく薄化粧をしたような、桜色(肌色)の肉感的な身体に丸顔。
誰もが見惚れる観音様です。
修復に出した時、或る百貨店の店員さんが、「この観音さんに恋をする!」;「素敵!!」と騒いで興奮していました。もともと観音様は男女を超越したもの。(口の周りに*髭が描かれているのも多くあります。)だからこの観音は男性にとっては理想的の女性像。女性にしても理想的な女性像。これぞ!「ザ・観音」

・上方の観音は金彩を施していますが、多彩ではなく、彩色は金彩でひかえめに耀かせております。
下方の善財童子の方は、彩色を多用して、観音と善財童子の対比を強調させています。そのことにより観音と、彩色多用の善財童子とのコントラストをハッキリさせています。それによって画は、観音をより一層際立せていて、画を秀逸にしているし、観音の崇高さをより表現しています。より神々しさを感じます。

・観音の描き方は中国や朝鮮様式ではい画像、日本的な様式で描いています。

・この“楊柳観音”には口の周りに*.6髭がなく、本来観音様は男女を超越した…中性…ですが、金彩をおとなしく多用しているし、桜色の肌からも、より女性的雰囲気を醸しています。

・口髭が描かれている有名な観音は加納芳崖の慈母観音があります。

この伝「金剛」の楊柳観音図と趣を異にしている観音図には、よく調べると以下があります。
・*.6明治時代日本から流出した有名な≪白衣観音図・狩野元信・画、ボストン美術館所蔵)にも口の両側、下唇とあごの間にカールした可愛い口髭が描かれていて、男性的な雰囲気を感じさせ、線は禅画様式で描かれています。≫が、この“金剛”の楊柳観音は彩色が多く、密教画として描かれているように想います?。狩野元信の白衣観音図は、華麗さと力強さが共存した和漢融合の様式のようです。
有名な加納芳崖の慈母観音彩色されていて口髭が描かれています。
狩野元信・画(ボストン美術館所蔵)白衣観音図・にも口髭が描かれていて、共に男性的な雰囲気を感じさせます。

・唐草を超緻密に金泥金糸で縁取った薄い布(帽子)を、透けたウエディングベールのベールのように、頭から被っていて女性的な容姿、平安の美女を思わせます。
当に男性なら誰でもこの観音様に「恋をする!」;女性は「素敵!!」と想うことでしよう…。
この観音は男性にとっては理想的な女性像。
女性にしても理想的な女性像。感性で言えは、女性的だと想います。
優美極まりない姿で、それこそ「美女観音」と言えるのでは…!?。

・左肘を磐座につき、つくろぐように静座し、ゆったり結跏趺坐したポーズも素敵です!!。誰でも訪れてくるものを聞き入れようとする姿です。

・透けたウエディングベールのような、金糸で唐草模様を縁取った薄い布は、現在のウエディングベールに使っても斬新なのでは!!?!?ウエディングベールは金彩でなくて、レース縁になっているのものが多いいと思いますが…?。

・映画の時代劇で、剃髪(出家)した〇〇院様と言う位の高い尼僧さんが、スキンヘッドを隠すように頭からゆったりと、白い羽二重の布をかけているのをよく見かけます。女の命である髪の毛を剃り落とした後、頭に着けるあの独特の白い被りものは、「*.㋑帽子(もうす・ぼうし)」と言います。「尼僧スタイルが似合う女優さん」は沢山います。そんな白羽二重の帽子をした尼僧姿には、凛とした透明感を感じるものです。そんな凛とした代表格が、この画の「楊柳観音」だと想います。

*㋑.≪尼僧の帽子は、ウエディングベール状ではなく、円形になっています。袖のような大振りの筒状のものを頭から被ります。もともと*.1最澄が天子から、防寒の為に最澄に袖を千切ってもらって賜ったことによるといわれ、僧侶が使う帽子はこれが始まりと言われております。ですから古い形式では、袖を千切ったような筒状(0型)になったものを首にかけます。よく見る伝教大師の肖像は、頭からすっぽり被られています。現在でも天台宗では頭から被ります。頭からかぶるので英語のキャップと同じです。≫
*1.賜袖とも称し、それは天子の御衣(おんぞ)の袖を賜ったことに由来する。 
帽子のこと、
*.㋑≪比叡山とか高野山のような高所では、底冷えするので、厳寒の時にはこれを頭から被って暖をとりながら、(修法;行法)をしK性的な雰囲気を感じさせ、線は禅画様式で描かれています。≫が、この“金剛”の楊柳観音は彩色が多く、密教画として描かれているように想います?。狩野元信の白衣観音図は、華麗さと力強さが共存した和漢融合の様式のようです。
有名な加納芳崖の慈母観音彩色されていて口髭が描かれています。
狩野元信・画(ボストン美術館所蔵)白衣観音図・にも口髭が描かれていて、共に男性的な雰囲気を感じさせます。

・唐草を超緻密に金泥金糸で縁取った薄い布(帽子)を、透けたウエディングベールのベールのように、頭から被っていて女性的な容姿、平安の美女を思わせます。
当に男性なら誰でもこの観音様に「恋をする!」;女性は「素敵!!」と想うことでしよう…。
この観音は男性にとっては理想的な女性像。
女性にしても理想的な女性像。感性で言えは、女性的だと想います。
優美極まりない姿で、それこそ「美女観音」と言えるのでは…!?。

・左肘を磐座につき、つくろぐように静座し、ゆったり結跏趺坐したポーズも素敵です!!。誰でも訪れてくるものを聞き入れようとする姿です。

・透けたウエディングベールのような、金糸で唐草模様を縁取った薄い布は、現在のウエディングベールに使っても斬新なのでは!!?!?ウエディングベールは金彩でなくて、レース縁になっているのものが多いいと思いますが…?。

・映画の時代劇で、剃髪(出家)した〇〇院様と言う位の高い尼僧さんが、スキンヘッドを隠すように頭からゆったりと、白い羽二重の布をかけているのをよく見かけます。女の命である髪の毛を剃り落とした後、頭に着けるあの独特の白い被りものは、「*.㋑帽子(もうす・ぼうし)」と言います。「尼僧スタイルが似合う女優さん」は沢山います。そんな白羽二重の帽子をした尼僧姿には、凛とした透明感を感じるものです。そんな凛とした代表格が、この画の「楊柳観音」だと想います。

*㋑.≪尼僧の帽子は、ウエディングベール状ではなく、円形になっています。袖のような大振りの筒状のものを頭から被ります。もともと*.1最澄が天子から、防寒の為に最澄に袖を千切ってもらって賜ったことによるといわれ、僧侶が使う帽子はこれが始まりと言われております。ですから古い形式では、袖を千切ったような筒状(0型)になったものを首にかけます。よく見る伝教大師の肖像は、頭からすっぽり被られています。現在でも天台宗では頭から被ります。頭からかぶるので英語のキャップと同じです。≫
*1.賜袖とも称し、それは天子の御衣(おんぞ)の袖を賜ったことに由来する。 
帽子のこと、
*.㋑≪比叡山とか高野山のような高所では、底冷えするので、厳寒の時にはこれを頭から被って暖をとりながら、(修法;行法)をしたのが始まりです。真言宗の帽子は∩型;普段はマフラー状で首にかけます。冷えるときは深々と直接頭から被ります。主に儀式用に使われます。親鸞さんは御影に有るように、胸元に巻き込むようにされております。輪っか型があり、それを本帽子と言います。天台宗がよく使います。たぶん防寒用の帽子は、天台宗から始まったのだと思います。輪袈裟も天台宗は輪っか式です。真言宗はマフラーを首に掛けたような様式です。
こんな帽子から江戸時代になると、日本手拭いぬぐいと変化します。、日本手拭いぬぐいは、僧侶の被る帽子から変化したものです。手拭いを日本髪に被って片方を口にくわえる姿は粋です。姉さん被りと変化してゆきます。また時代劇でよく見かける紫頭巾等に変化していったのかも知れません。

・円光背は外周に向かうほど、金彩を濃くしています。そのことにより一層光の拡がりが感じられます。

・この薄化粧をしたような、肌色(桜色)の肉感的な丸顔の観音。肉感的な大らかな豊かさ、包容力を持った優しさを感じる「楊柳観音」です。

・淡い肌、柔らかな眼差し…。求道のため訪れてきた善財童子に投げかけられた微笑みに、仏画を超えた体温を感じます。

・ほんとに穏やかな丸顔の観音の手前には、観音と向いあって、合掌しているのは、丸顔の可愛い姿の善財童子です。観音に教えを乞うように、手を合わせて拝するように描かれています。

・求道者・善財童子と同じように、合掌して此岸から彼岸の観音画に向かい合うと、漢音の声が観えて、救われる自分を感じます。

・普通仏画は一体の仏を全体に描きますが、この仏画は彼岸の観音が教えを説き、此岸の善財童子が教えを乞う対話の構図です。そこにも特異さがあります。善財童子を自分に見立てれば観音と対話ができます。

・今までいろんな、観音の絵を見てきましたが、こんなに穏やかな丸顔のお顔や、少し艶めかしさを感じさせる、淡い桜色がさした女人肌のお姿を、今まで見たことはありません。初めてこのお軸を開いて見た時は興奮しました。

・狂言の【金剛】は、絵師“巨勢金剛”が美女に恋をして物狂いとなるが、妻に請われて妻の顔を彩色して失敗する物語です。

・【金剛】その狂言のテーマになる絵の実力を彷彿させる“仏画”です。

・豊麗な観音菩薩。

・全体の構図・画の雰囲気、画全体が驚くほど…ルーペで見るほど…超細密画です。それ故、伝説的な絵師、【巨勢金剛筆“楊柳観音”】の画と推測したのでしようか?これほど目を見張る仏画にめったにお目にかかりませんから…!。

・昼なお暗い深山幽谷の磐座に、結跏趺坐した光り輝く彼岸の観音と、此岸の善財童子の対比が見事です。

・彼岸の観音は、悟った姿の優雅さ、慈悲・神々しさ・此岸の善財童子は可愛さ、求道の熱意…。という対比でもあります。

・彼岸の観音と、此岸の善財童子を耀かすには、昼なお暗い深山幽谷という背景がベストです。

・かんのんかん【観音観】
「観無量寿経」十六観法の第十観。極楽往生を願うために,静座して一心に観世音菩薩の相を想念する観法。
この画を和ローソクの焔だけで見て、一心に観音を思い観法すると、観音の魅力・画全体的に不思議な有り難さが漂います。

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[参考]:*.㋑帽子:以下、サーチ【search】

江戸時代後期、最高の婦人の礼装は、綿帽子へと変わり、さらに揚げ帽子(あげぼうし)へと移る頃、下り藤の紋をつけた扇面形の小さな白裂を前髪につけて、 揚げ帽子は御殿女中や上流階級の女性が外出の際に、防寒具や塵除けとして使われていた。
元禄時代になると役者が被ったことから流行となり、花嫁衣装の角かくしの祖型ともなります。頭巾には、御高祖(おこそ)頭巾・大黒頭巾・宗匠頭巾・苧屑(ほくそ)頭巾等があります。

辞書;漢字源で帽を引いて見ると、
頭を隠す被り物・頭に被せる総称とあります。 
帽は「巾(布;ぬの)+音符冒」でかぶせる布のこと 頭をおおい隠す被り物の意に用いるとあります
以下、漢字源参考、
帽の字を分解すれば 冒は日(太陽)の下に目があり 日と目の合成です それに字の編が巾(布)になります 巾+日+目と言う事になります
それは日(太陽)と目(頭)の間に(巾;布)を置けば (頭:目)を護る帽なのです。要するに布製のものを頭に載せるものが帽子です。
その帽に接尾語の子がついて 扇子・金子(きんす)・銀子(ぎんす)のように・・・帽子と言う漢字二字の熟語が出来たのでは!?。
この様なことから、日本の帽子という言葉が生まれたのだと思います・・・。
古くは;帽子→(もうす)ともいっていたよです。帽を呉音で読むとそうなります。 
帽子は頭から被るもの、英語のキャップと同じなのです。

今日、真言宗で使う帽子(羽二重布)は頭から被りませんが 首からマフラーのように首にかけます。頭から被るスタイルが天台宗です。
よく尼僧スタイルを時代劇で見かけます。それはかなり大きなものです。
今では防寒用というより、儀式用の役割です。
基本的には秋の彼岸から、春の彼岸まで帽子を着けるのが習わしです。
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戦国武将の妻たちが殿亡き後、出家して尼になっている姿を時代劇等でよくみます。女の命である髪の毛を剃り落とした後、頭に着けるあの独特のかぶりものを「帽子(もうす・ぼうし)」と言います。それはかなり大きなものです。羽二重の白い帽子をした尼僧姿には、凛とした透明感を感じるものです。そんな凛とした姿の代表が、この「楊柳観音」でしよう…。
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帽子の帽には呉音で「もう」という読みがあるので、帽は日本で作られた漢字ではありません、頭に被る帽子そのものは、古来から日本に有ったもの?。確か埴輪に帽子らしきものを被ったものがあったように思います。帽子の意味は漢字の帽の分解でよく分かります。

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〓余話〓
・キヤノン社名の由来
以下、サーチ【search】
精密機械メーカー・キヤノンの前身は、1933年に創立された精機光学研究所。観音菩薩の慈悲にあやかりたいという気持ちから、同年発売予定の精密小型カメラを「KWANON」(カンノン)そのレンズを「KASYAPA」(カサパ)と命名した。KASYAPAは、釈迦の弟子のひとりである迦葉に由来している。なお「性能が良すぎて、光だけでなく音まで観える」という意味も兼ねているのだそうです。
1935年、世界で通用するカメラのブランド名として、Canon(キヤノン)が採用された。「聖典」「規範」「標準」という意味を持つ、]正確を基本とする精密工業の商標にふさわしいことと、KWANONに発音が似ていることが、この名称を採用した理由とされている。

・観(かん)+音(おん)を観音(かんのん)と読むのは、観(かん)+音(おん)の「ん」に続く語の発音は、言いやすく(かんおん)と変化する性質があることによります。
=例=
・@銀杏は、銀(ぎん)+杏(あん)で、“銀杏(ぎんなん)”
・A反応は、反(はん)+応(おう)で(はんのう)
・B云々は、うんうんでなく、うんぬんです。
・C私の名は信応ですが、(しんおう)と読まず“しんのう”と読みます。

・金剛(こんごう)と読む金剛組。
578年、四天王寺(現在の大阪府)建立のため聖徳太子によって百済より招かれた3人の宮大工のうちの1人である金剛重光(こんごうかねみつ)により創業。江戸時代に至るまで四天王寺お抱えの宮大工となる。現在まで操業していてギネスに載っている世界最古の企業。

・仏教用語 金剛(こんごう)- 最も硬い金属、もしくは一説にダイヤモンド(金剛石)
㋐金属の中で最もかたいもの。
㋑きわめて強固で破れないもの。
・「南無大師遍照金剛」
これは御宝号(ごほうごう)といい、真言宗で唱える一番短い『お経』です。
仏さまの慈悲の光は、すべてのものに及びます。そして、すべてのものに幸せを及ぼそうという智慧(ちえ)の働きは、ダイヤモンド(金剛石)のように堅固で輝きを失いません。これが「遍照金剛」の由来です。

弘法大師は、師の恵果(けいか)さから真言密教の法を受継がれたとき、この「遍照金剛」をお名前の一つとして贈られました。
真言宗ではこの御宝号を、どんなときでも唱えます。お寺でも仏壇の前でも、亡くなった人のためにも、幸せを願うときでも...自分がピンチに立ち至ったときはなおさらです。そして、仏さまの誓いを永遠に続けるというお大師さまの誓いを、私たちも自分の誓いとして共に進むこと。本当の幸せは、そこに開かれます。

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観音さんのご縁日は7月17日。
縁日とは、有縁(うえん)日の略で、神仏の降誕・示現・誓願・社堂創建など何かの縁があって、祭りや供養の行われる日のことです。
また、会日(えにち)ともいい、仏会の日が本来で縁日は会日の訛りともいわれてもいます。